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月刊『同朋』〈私の親鸞〉 真宗大谷派出版部 1999年9月号 掲載

  
 未校正WEB版
 光を求めて影を見い出した人


 旅人の足元には、黒い影があった。背後には、たった今やっ

との思いで抜け出してきた闇の国の門が見える。その中は真っ

暗で何も見えなかった。旅人は、石につまずき、穴に落ち、木に

ぶつかり、全身傷だらけになってそこから出てきたところだった。

 影はどこまでも着いてきた。光が欲しい。影のない国に行きた

い。一刻も早くその闇の面影をふり捨てたかったのだ。

 見ると目の前に門がある。門には〈透明の国――影のない世界

へようこそ〉と書いてある。「ここだ」。旅人は迷わず中に入った。

その瞬間、ふっと身体が軽く宙に浮き上がったような気がした。

すべての物が透き通っている。足元のあの忌わしい影もない。喜

びのあまり手を叩いた。しかし、音が出ない。手を見ると、しだ

いに透き通っていく。そして旅人の意識もだんだん薄れていくよ

うだった。旅人はあわてて門の外に出た。また影が。

 影を引きずり、道を進むと別の門が見える。〈光の国――影の

ない世界へようこそ〉とある。「こんどこそまちがいない」。中に

入ると、光、光、光、目も眩むような強い光が四方八方から襲い

かかってくる。あまりのまぶしさに正視できない。自分が立って

いるのか、横になっているのか、逆立ちしているのか、それさえ

もわからない。むろん影はない。それが映る大地も壁も見えない

のだ。あれほど求めていた光の海である。だが堪え難い。

 気がつくと門の外にいた。足元に目を落とすとまたあの影が

……。その時旅人は、影を映し出す光の確かさを知った。

 鮮明な光(ポジ)を知るには、鮮明な影(ネガ)を知らなくてはならない。

                        (一九九九年六月二三日)

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